歯茎が腫れたり、噛むと痛んだりするものの、激痛ではないからと、歯の根に溜まった膿を放置していませんか。「そのうち自然に治るだろう」という淡い期待は、残念ながら裏切られます。歯の根の膿は、自然治癒することは決してなく、放置すればするほど、より深刻な事態を招く、体からの危険な警告サインなのです。膿を放置した場合に起こる最も一般的なトラブルは、症状の「急性化」です。普段は慢性的にくすぶっているだけの炎症が、疲れやストレスで体の免疫力が落ちた時などをきっかけに、突然牙を剥きます。歯の根の先で膿が急激に増殖し、逃げ場を失った内圧によって、顔がパンパンに腫れ上がるほどの激痛に襲われるのです。食事もままならず、夜も眠れないほどの痛みは、日常生活を完全に破壊します。また、膿の袋(歯根嚢胞)は、放置すれば少しずつ大きくなり、歯を支える重要な顎の骨を静かに溶かし続けます。土台である骨を失った歯は、次第にグラグラと揺れ始め、最終的には虫歯でもないのに抜歯せざるを得ない状況に追い込まれます。そして、歯の根の膿の恐ろしさは、口の中だけに留まりません。歯茎は毛細血管が豊富な場所です。膿の温床となっている部分から、歯周病菌などの細菌やその毒素が、この毛細血管を通って血流に乗り込み、全身へと旅立ってしまうことがあるのです。これを「菌血症」と呼びます。血流に乗った細菌は、心臓に到達して心臓の内膜に炎症を起こす「細菌性心内膜炎」や、関節に達して関節炎を引き起こすなど、全身に様々な悪影響を及ぼす可能性があります。特に、心臓に持病がある方や、免疫力が低下している方は、重篤な状態に陥るリスクが高まります。たかが歯の問題と侮らず、歯の根の膿は、全身の健康を脅かす危険な感染源であると認識し、速やかに適切な治療を受けることが何よりも大切です。