歯が欠けたのに全く痛みがない。これは一見幸運なことのように思えますが、歯科医療の観点からは、むしろ危険なサインである可能性をはらんでいます。特に一週間という期間が経過している場合、その「無痛」の裏で、歯の内部では深刻な事態が進行しているかもしれないのです。私たちの歯の神経、すなわち歯髄は、非常に繊細な組織です。歯の表面のエナメル質が欠け、その下の象牙質が露出すると、象牙質にある無数の細い管(象牙細管)を通じて、外部からの刺激や細菌が神経に伝わりやすくなります。この段階では、冷たい水がしみるといった症状が出ることが多いですが、これを放置し続けると、細菌が神経にまで到達し、「歯髄炎」という炎症を引き起こします。歯髄炎の初期は可逆性で、原因を取り除けば治まることもありますが、炎症が進行すると、何もしなくてもズキズキと激しく痛むようになります。しかし、この激しい痛みの時期をさらに放置し、我慢し続けていると、ある時点でふっと痛みが消えることがあります。これは治ったのではなく、歯の神経が完全に死んでしまった(壊死した)状態を意味します。神経が死ねば、痛みを感じる機能そのものが失われるため、一時的に楽になったように錯覚してしまうのです。しかし、これは嵐の前の静けさに他なりません。死んで腐敗した神経は、細菌の温床となり、歯の根の先で膿の袋を作ります。この状態になると、噛んだ時に違和感や痛みが出たり、歯茎が腫れてきたりします。最悪の場合、顎の骨にまで炎症が広がることもあります。一週間放置して痛みがない場合、まだ神経が無事な可能性もありますが、もしかすると、すでに神経が死んでしまい、次のトラブルへのカウントダウンが始まっているのかもしれません。痛みがないという事実だけで安心せず、必ず歯科医師による正確な診断を受けることが不可欠です。
痛みがないのは神経が死に向かうサインかも